夕木春央『方舟』を読んでみた

読書

こんにちは。

しろあとです。

今回の記事は書評シリーズ。

初めての夕木春央作品です。

読んだのは『方舟』です。

評判の良いミステリー小説を求め、Amazonを探索していると、ランキングに載っていたのが本作です。

ジャンルはいわゆる「館もの」に区分されるのでしょうか。

長野県にある地下建築に男女複数人が閉じ込められてしまう物語です。

タイトルの通り、この地下建築がまるで方舟のようなのです。

地下1階から3階まである建物で、たくさんの客室があったり大きな食堂があったりなど、さな

がら方舟のような建築です。

タイトルの意味がすでに判明しているため、いわゆる、タイトル伏線を回収する系の作品ではありません。

あらすじ

物語は地下建築へ探検に出た男女複数人が、思いのほか時間がかかってしまい、日が暮れて

帰れなくなるところから始まります。

せっかく発見した地下建築に、裕哉、隆平、さやか、はな、麻衣、翔太郎、柊一で泊まることになります。

物語は柊一の語りで進んでいきます。

この一向は、なんとも不思議な集団です。

翔太郎を除く6人は学生時代、同じ登山サークルのメンバーで、現在は社会人です。

ここまでは普通なのですが、翔太郎は柊一の3つ上の従兄です。

「なぜ従兄が?単なる部外者じゃん。」

なんて私は思ってしまいました。

柊一が従兄を誘ったのは、隆平と麻衣の面倒に巻き込まれそうだったからです。

実はこの2人、夫婦なのです。

2人とも苗字は「絲山(いとやま)」です。

しかし、絲山夫妻は不和。

交際期間も短く、よく吟味もしないまま結婚に踏み切ったのです。

柊一は、隆平に関する不平不満を麻衣から散々聞かされていたのです。

自分ひとりで背負いきれないと考え、従兄の翔太郎を招いたのです。

そんなこんなで7人は【方舟】で一夜過ごすことになります。

建物内を探検すると、だいぶ古く、違法建築であることがうかがえます。

地下に降りて道ともいえぬ道をしばらく進むと、鎖が巻き付いた大きな岩を発見します。

その近くには鉄扉が。

扉の奥からが本格的な地下建築です。

建物の構造は、上から見ると稲妻マークのような形です。

基本は直線ですが、中間地点でやや折れ曲がり、再び直線が続く細長いつくりです。

その全長はおおよそ100メートル。

どの部屋も食堂も埃っぽく、カビっぽく、害虫がわいているなど、長期滞在には向きません。

各部屋には、工具や寝袋、日用品、ダイビンググッズのようなものの残りがあったりもします。

食料も4年前が賞味期限の缶詰が大量に。

水もなんとか出ますし、トイレも汲み取り式であります。

配電盤が生きていて、電気も点きます。

唯一ないのはガスくらいでしょうか。

まあ一晩なら暮らせそうな、そんな環境です。

物語の序盤、この7人のほかに、さらに3人加わります。

3人は地下建築の近くで迷ってしまった親子です。

父の幸太郎は50代、母の陽子は40代、子の隼也は高1です。

3人は地元民ですが、山にキノコ狩りにやってきて、道を進んでいるうちに迷ってしまったとのこと。

10人がいろいろと探検していると、だんだん方舟の全体像が見えてきます。

特徴的なのは、次の3点だと私は思います。

  • ある部屋には拷問器具が落ちていた
  • 地下3階は地下から染み出した水でいっぱいになっており、地下3階へ降りる階段まで浸水している
  • 機械室にはモニターが2つある。1つは7人が入ってきた地上の出入口の監視カメラ映像。もう1つは同じく地上にある非常口の監視カメラ映像。なお非常口は地下3階としかつながっていない

部屋にあった拷問器具から、7人はこの地下建築が、かつて宗教団体または70年代の過激派、ヤクザや半グレ集団のアジトになっていたのではないかと推察します。

出入口や非常口を映すカメラがあることからも、一層そのことを強調しています。

そして、地下3階は水でいっぱいになっており、立ち入ることが物理的に不可能です。

こういった条件の中、7人は1晩過ごすことを決心します。

が、ここで問題が発生します。

大きな地震が発生するのです。

地震によって巨大な岩が動き、出入口の鉄扉にピタッとくっついてしまうのです。

出入口からの脱出が不可。

絶望的な状態です。

ただここで、一筋の希望がみえてきます。

地下2階に洞窟っぽい小部屋があります。

その小部屋のちょうど階上は出入り口付近で、床の鉄骨の隙間から鉄扉と大きな岩が見えるのです。

そして、大きな岩に巻き付いた鎖が床を通って、小部屋にある謎の機械につながっているのです。

上下階に鎖が連なっている状態です。

これは一体なんなのか?

実は洞窟っぽい小部屋の機械は、大きな岩の巻き上げ機なのです。

過激派やヤクザが使っていたものとおもわれる施設ですので、有事の際、大きな岩は鉄扉を塞ぐためのバリケードの役割を果たすものと思われます。

今回はたまたま地震で大きな岩が動いてしまいましたが、本来は巻き上げ機で移動させるのです。

一行は、地下2階の小部屋にいくと、巻き上げ機を使って大きな岩を地下2階に落とせるのではないかと考えます。

地震によって地下2階と地下1階を区切る床がむき出しになってきており、鉄骨さえ外せば大きな岩を落とせそうです。

しかし、問題が発生。

地下2階の小部屋は入り口が狭くなっており、巻き上げ機で大きな岩を落とすと、すっぽりと

出入口を塞いでしまい、出られなくなってしまうのです。

もし地下2階に大きな岩を落とすと、小部屋の奥につづく地下3階への階段しかありません。

でも地下3階は水没している。

つまり、操作者は死を迎えることになるのです。

さらに地震の影響によって地盤が変化し、水位が徐々に上がってくるのにも気づきます。

食料、発電バッテリー、水位の上昇スピード、諸々を計算すると、地下建築にいられるタイムリ

ミットは1週間。

大きな地震であったため、来る際に通った木橋はおそらく崩れている。

山奥でスマホは圏外。

もしかしたら土砂崩れで山道が通れないかもしれない。

モニターを確認すると、地震のせいで非常口の蓋はふさがってしまい、地下3階をダイビングで移動し非常口から脱出するのも不可。

1人が巻き上げ機を動かし、脱出した数人で助けを呼ぶのも難しい。

非常口も使えそうにない。

どう考えても誰も助かりようのない状況です。

ここである事件が勃発します。

裕哉が死にます

死因は絞殺。

何者かに後ろからロープ状のもので絞められたようです。

この最悪な状況で起きた凄惨な殺人事件。

しかし残された9人からしてみれば、これは幸運だったのです。

なぜなら、この状況における殺人犯というのは、みんなのために犠牲になるべき人物だからです。

このミステリーを解き、殺人犯を探し当てることができれば、巻き上げ機の操作はどう考えても殺人犯が適任です。

「まずは犯人を特定する」

「犯人を説得して巻き上げ機を操作させる」

「残った者が生きて地上に出る」

こういったシナリオが9人の中で共有されました。

しかし、不運やアクシデントは続くもの。

第2の殺人が起きます。

さやかが殺されます

死因は刃物で胸を一突き。

ただ裕哉のときとは明らかに異常といえる状況です。

首が切られているのです。

首は現場に残されておらず、スマホもない。

凶器と思しき刃物も見当たりません。

おそらく首は地下3階に投げ捨てられて、水中に沈んでいるのではないかと推察されます。

裕哉とさやかの悲劇は共犯である気がしますが、なぜここまでやり方が違うのか?

謎が深まるなか、第3の殺人まで起きてしまいます。

幸太郎が枝切りばさみで刺殺されます

現場は地下2階の一室。

地下建築での生活も長引き、上昇した水位はついに地下2階の床上70cm程度まできています。

そんななか、水浸しの地下2階での殺人です。

被害者の妻、陽子が口を開きます。

それは、

「さやかの凶器を夫は発見していた」

とのこと。

幸太郎は凶器を取りにきた犯人を特定すべく、地下2階の部屋を張っていたのです。

その部屋は一区画だけ窪んで水浸しになっており、幸太郎はダイビングの要領で潜りながら、決定的な瞬間を撮るべくスマホを構えていました。

しかし、犯人は凶器を回収しようと入った部屋に幸太郎の存在を察知し、咄嗟に犯行に及んだものと

推理されました。

地下1階の2階をつなぐ階段には、犯人が残したであろう遺留品がありました。

1つはウエーダー。

胴長靴とも呼ばれ、濡れないように胴部分まである着用品です。

2つめは爪切り。

3つめは爪切りが入っていたチャック付きの小袋。

地下建築全体が水没してしまうまで時間がありません。

ここまで探偵役を務めてきた翔太郎は、どうやら犯人が分かっているようで、推理を披露します。

読後所感 ※この先、ネタバレを含む

翔太郎はあらゆる可能性を念頭に置いた上で、柊一、翔太郎、陽子、隼也、花を犯人候補から除外します。

残るは絲山夫婦、隆平か麻衣。

「こういったミステリーではだいたい男が犯人だろう」

といった私の思い込みは見事に裏切られました。

翔太郎は、麻衣が犯人だと指摘します。

幸太郎が撮影したスマホに犯人の写真は映っていませんでしたが、スマホの明かりは確認でき

ていたのです。

水没しつつ地下2階にスマホを持ち込んだ。

そして遺留品には小袋。

この小袋は爪切りを入れる用ではなく、スマホが濡れないよう防水対策として使っていたのです。

スマホに防水機能がないほうが、犯人です。

2人のスマホを確認すると、防水機能がないのは麻衣のほうでした。

最終的に麻衣は自分が犯人だと認めます。

麻衣以外の人間は、麻衣に巻き上げ機を操作するように説得にかかります。

ここで麻衣はごねるかと思いきや、素直に納得。

この展開は意外です。

麻衣以外は地下1階の出入り口付近に待機し、麻衣は地下2階の巻き上げ機がある小部屋まで移動します。

地下建築全体が大きな音を立て始めます。

大きな岩が徐々に動いているのがわかります。

その瞬間、柊一のスマホに麻衣からトランシーバーアプリで着信が入る

ここからがまさに衝撃です。

麻衣から柊一へ、

「助からないのはあなたたちだ」

と伝えられます。

どういうこと?と思いますよね。

実は地震が起きた直後、麻衣はモニターを確認していました。

そのとき、モニターにはいつも通りの非常口と、土砂で埋もれた出入り口の映像が流れていました。

「あれ?出入口が普通で、非常口が埋もれていたのでは?

そうではなかったのです。

麻衣はあろうことか、とっさにモニターの配線を切り替えていて、実態とは逆の映像が映るよう仕組んでいたのです。

つまり、鉄扉を塞いでいた大きな岩を地下2階へ落とし、出入口から脱出を図ろうとしても地上には出れないのです。

地下建築の中にも戻れません。

つまり麻衣以外の6人は、出入口付近で餓死、溺死、酸欠による窒息死などを待つしかないのです。

一方の麻衣は、地下3階をダイビングで抜け出す計画でした。

そのため、建築内の隅々から道具を調達します。

1/3程度の残量の空気ボンベが2つ、ダイビング用品などの存在は全員が知っていたところですが、非常口からの脱出が不可と騙されていた人たちは見向きもしませんでした。

ハーネスだけなかったので、麻衣はせっせとハーネスを作っていたのです。

殺人を犯したのも、自分が巻き上げ機を操作するためだったのです。

自分から名乗り出ると、夫の隆平からは止められるのは確実ですし、何か思惑があるのではないかと疑いをかけられることになります。

麻衣は自分が自ら執行者になるべく殺人を犯したのです。

ちなみに裕哉を殺したのは、この地下建築を発見した張本人だからです。

過去の写真を撮っていたため、監視カメラが映す出入口と非常口が逆であることに気がつくリスクがあったからです。

さやかは地下建築内をくまなく撮影したため、その写真に麻衣が犯人である証拠が移りこんでいることを危惧した上での犯行です。

幸太郎の殺害理由に至っては、酸素ボンベの残りを減らさないようにするためというものです。

そもそも自分が殺人犯であることがバレたほうが、麻衣にとっては都合がいいので凶器回収シーンを見咎められても問題ありません。

凶器を残した部屋に入った理由も、脱出の道具を製作、調達するためでした。

翔太郎の推理により、計画通り犯人になれた麻衣は、みんなが地上へ向かう中、自作のハーネスや酸素ボンベをはじめ、ダイビング用品を抱えて地下2階の小部屋に移動したことでしょう。

作中では、柊一と麻衣がいい感じになる瞬間があります。

実は麻衣はハーネスを2つ作っており、ラストに柊一が麻衣と一緒に残ってくれれば2人で脱

出することも計画していました。

しかし柊一は素直に麻衣を犠牲にし、出入口からの脱出を図ります。

麻衣からトランシーバーアプリで心のうちを明けられたその瞬間、地下建築内に巨大な岩が落ちる爆音が響き渡るのです。

いやあ、まさに大どんでん返しといったところです。

非常に面白く読めた作品で、ページをめくる手が止まりませんでした。

まず、地下建築という設定がわくわくします。

しろあとは男ですが、男なら絶対に一度は想像してしまうような設定です。

非日常感が満載で、過激派や宗教団体、ヤクザのアジトだったかもしれないとなると、心の奥底に沸

き立つものがあります。

また、方舟全体の図面が作品の最初の方で図示されていたのがよかったです。

とても複雑に進んでいくので、ときおり図面に戻りながらイメージを再構築し、読み進めるこ

とができました。

そして何よりも犯人の意外性。

女性が犯人であったのはもちろん、生き延びることを決意してから実行力は脱帽です。

咄嗟にモニターの配線を切り替え、殺人を犯し、自分が犠牲者として祀り上げられるところまで想像できるでしょうか?

しかも劣悪な地下建築に閉じ込められた狂気的な状況で。

麻衣はかなり頭の良い人間であると同時に、したたかで冷徹な人間とも映りました。

また、本作は柊一の冷静かつ客観的な語りをベースに、翔太郎の小気味よい推理で話が進んでいきます。

翔太郎の冷静さや知識の豊富さ、余裕たっぷりの落ち着きは、読み手を不安にさせない絶妙な安心感があります。

ロジックを積み重ね、ひとつひとつ可能性を検討していく姿は、なんともかっこいいです。

私はミステリー小説の犯人を当てられた試しがまるでないのですが、本作もがんばって予想はしていました。

実のところ、私はずっと柊一か翔太郎が犯人だと考えていました。

なぜなら、明らかに登場人物の中で異質なのです。

みんなが学生時代の登山サークル仲間なのに、急に柊一の身内が出てくるなんて違和感ありありです。

推理役を務めるにあたっては、ある意味、異質性が求められるのでしょうが、それでも気にならずにはいられません。

それか犯人は柊一かとも思っていました。

大どんでん返しという触れ込みだったため、まさかの語り部が犯人なのではと疑いながら読みましたが、今回も外しました。

一方で外部の3人組は犯人ではないだろうと、直感が働きました。

こういう飛び道具的に投入される人間というのは、だいたい被害にあうか不遇な目に遭うか、どちらかのパターンなことが多い気がします。

登場人物が多ければ多いほど、ミステリー小説は盛り上がりを見せるので、人物の追加投入はある意味セオリーともいえるかもしれませんね。

本作を堪能している中、私がずっと考えていたことは、

「もし自分がこの地下建築にいたら、どうやって過ごすか?」

ということです。

水も電気も心もとない状況です。

ガスは使えません。

風呂にも入れないし、食料は4年前の冷めた缶詰をつつくだけ。

電波も入らないのでスマホも使えません。

どう考えても過ごしたくない劣悪環境です。

普段、そんなに人とかかわろうとしない私も、この時ばかりは食堂など大きく広い空間で、だ

れか人とのふれあいを求めると思います。

読みごたえがあって面白い本作も、いたるところにツッコミどころがあります。

先述のとおり、従兄の翔太郎の登場、飛び道具的な3人はもちろん気になります。

3人に至っては、物語のもっと中枢的な部分にまでかかわるかと思いきや、 特段大きな役割を果たしていないのではないかと感じました。

最後の最後にピンポイント的に、幸太郎が殺され、それが犯人特定につながりました。

物語を左右する出来事ならば、事前にもっと存在感を出してもよかった気がします。

陽子と隼也にかんしては、ほぼ空気という存在です。

また、ダイビングに対するハードルが低すぎるとも感じました。

地下3階は水でいっぱいで、海底のようなものです。

方舟の大きさからすると移動距離は100メートルですが、水は自然に染み出したもので地下3階を満たした不衛生な水と思われますし、地下3階が人が通れるほど整っているかもわかりません。

また、幸太郎が犯人捜しで水中に潜って待ち構えていたのも、そこまでするかと疑問です。

そして、麻衣がさやかを殺害した際に首を切り取ったことも実現可能性に疑義が残ります。

作中では、20分そこらで切断が完了したとこの描写ですが、そんなに簡単にできるものなのかというのが疑問です。

時間がない中、返り血なども徹底的に掃除して、いっさい怪しまれることなく事を遂行できたかは疑わしいです。

また、本作は大きな岩を地下2階に落として終結するのですが、個人的にはその後の描写も欲しかったです。

麻衣が地下3階からダイビングで生還できたのか、無事に山を降りられたのか、地下建築に残された人らの生殺など、続きが気になります。

私は結末をはっきりさせたい人間なので、読み手に解釈をゆだねられるとモヤっとする気持ちも正直あります。

どんな形でもいいので、ぜひ結末も知りたいですね。

総合的にみて、大満足の一作です。

マンガ化もされているようなので、機会があれば読んでみようと思います。

そして、ぜひ映画化してほしい!

この方舟をどうやって現実に再現するのか、大きな岩や水没した地下3階、ラストのトランシーバーでの通話シーンをどのように表現するのか、ぜひ見てみたいです。

しろあと

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