こんにちは。
しろあとです。
今回の記事は書評シリーズ。
井上夢人の『プラスティック』を読んでみました。
井上夢人の作品を今回初めて読みました。
YouTubeのショート動画を流し見していると、
「伏線回収がすごいミステリー小説4選」
みたいな動画がたまたま目にとまりました。
その4選の中には、私がこれまでに読んだ小説もありました。
その小説はとても面白かった印象があったので、なんとなくその動画で紹介されていた
『プラスティック』も読んでみることにしました。
登場人物や作品の特徴を簡単にお伝えします。
物語は54個の文書ファイルをひとつずつ読む形式です。
文書ファイルは日記形式になっていて、File.1~54まであります。
もうこの時点で設定が斬新すぎて、わくわくしてきますよね~!
そのファイルを1から順に、われわれ読者は読んでいくことになります。
主な登場人物は、
- 向井洵子
- 奥村恭輔
- 本多初美
- 若尾茉莉子
- ゆり
- 藤本幹也
- 高幡英世
以上の面々です。
彼ら登場人物の視点で、文書ファイルは記述されています。
主婦をしている向井洵子は主張中の旦那の帰りを待っています。
その間、向井洵子はワープロの練習のため、日記を書くことにしました。
ある日、初めて町の図書館へ行き、本を借りようとするのですが、すでに利用者登録がされており、利用を断られてしまいます。
また、旦那の会社に連絡しても、いたずら電話だと一蹴されてしまい、話すらさせてもらえず向井洵子であることを疑われる始末。
そんな不可解な毎日を送っていた向井洵子は、とある日にマンションの一室で全裸死体として発見される。
奥村恭輔は自宅ポストに投函されていたフロッピーディスクを手に取る。
その中には向井洵子の日記が記録されていた。
奥村は自分の推理を働かせて、独自にこの件に関して調査を始める。
向井夫婦の向かいの部屋に住む本多初美は、アルバイトを転々としながら未だ独り身で細々と暮らしていた。
本多初美は幼少期の体験から、自分を表に出すことが難しかった。
そんな初美と仲が良かったのが、若尾茉莉子。
若尾茉莉子もまた、気弱な性格であり、いつも誰かの尻ぬぐいをさせられ不遇な想いを抱えていた。
若尾茉莉子に惹かれた藤本幹也は、気性が荒く攻撃的。
なにかにつけて暴力的手段で物事を解決しようとする様子からは、周囲から疎まれるのも当然といえた。
ゆりは泣いてばかりの4歳児。
いつも何かにおびえていて、怒られることに対して過剰に反応する。
これらの登場人物や物語を俯瞰で観察し語るのは、高幡英世。
一体何が起こっているのか?
※以下、ネタバレ含みます。
この作品のテーマは、【多重人格】です。
実は、この物語の登場人物はみな、同一人物だったのです。
この展開には驚きました。
読み始めたばかりの頃の私は、登場人物の詳細な記述が多く、
「相関関係を掴むのが難しいなあ」
なんて思いながら読んでいました。
話が進んでいるようで進んでいないような、スローなテンポがもどかしかったです。
私の性格がせっかちなこともあって、
「その描写いる?」
なんて思ったりも、正直していました。
前半までは、全体像をつかむのに苦労しましたが、中盤に差し掛かってからは、あるひとつの可能性が徐々に浮かび上がってきました。
そこからはもうページをめくる手が止まりませんでした。
多重人格ではあるものの、本体は【本多初美】です。
幼少期のトラウマ的体験から、人格が解離し、複数人格を有するようになります。
別の人格がバリエーション豊かすぎて、面白かったです。
奥村は冷静沈着で小説家を志すようなクレバーな印象。
しかし、実体は本多初美です。
藤本は粗暴な男で半グレをにおわせるような振る舞い。
そんな男の中の男みたいな性格を憑依した、女の本多初美を想像したら、思わずクスっと笑ってしまいました。
一番印象的だったのが、高幡英世が本多初美だったということです。
語り部の立場でストーリーを理路整然と語っています。
高幡英世の語りで、小説全体のストーリー理解が助けられたところもあります。
ただこの高幡英世、最後の最後まで何者かわからないまま物語が進んでいくのです。
「こいつはいったい誰なんだ?」
そんな思いを抱えながら最後まで一気に読み進めました。
事件の真相を知る警察か、この事件を追っているルポライターかくらいに思っていました。
しかし、中立な立場でストーリーの理解を助けてくれたと思われるこの人物も、本多初美だったとは、ほんと驚愕の事実でした。
タイトルの『プラスティック』は【可塑性】という意味だそうです。
可塑性とは、任意の形に加工、成型できること。
まさに本多初美ですね。
また、私が手にとった文庫本の装丁はとても意味深でした。
女性の胸像っぽいのですが顔はなく、上半身が裸体なのです。
豊かな胸で、ほどよい大きさの乳首と乳輪まで詳細に描かれています。
ですが、一見すると裸体には見えない、そんな印象の装丁です。
裸体に背面および上部には、薄い布切れのようなものが幾重にも重なって描かれています。
この女性の裸体は、プラスティック、可塑性を表しているのではないでしょうか?
さまざまなものを身にまとい、自分を変えていく。
さらにその上から重ね着をしていく。
それをどんどん繰り返すことで、多重の層ができていく。
こうして本多初美という多重人格ができあがる。
『プラスティック』が表現されているような示唆に富む表紙だと感じました。
気になった方は、ぜひ手にとって読んでみてください。
しろあと
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